木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社は倉敷のパワースポット!

季節は春爛漫、あなたは倉敷のパワースポット、木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社をご存知ですか?

美容と縁結びの神様として、昔から信仰されている女神様です。

この女神様が祀られている神社は、実は全国にあるのですが、今回は私の地元倉敷の、木華佐久耶比咩神社をご紹介します。

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木華佐久耶比咩神社は倉敷のパワースポット

木華佐久耶比咩神社のご利益は、美の増進・安産・厄除け・縁結びだそうです。

桜の花のように美しかったという、木華佐久耶比咩命ですから、美に関するご利益はありそうですね。

この神社は美容の仕事を、始める方の参拝も多いと聞いてます。

ここにお参りしてから、お店を始めるときっと繁盛店になるのでしょう

また、炎の中で無事に出産したという伝説からも、安産や厄除けもご利益がありそうですね

名前がそのまま、神社名となっている木華佐久耶比咩神社ですから、きっとパワーをたくさん頂けるでしょう

木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社の場所

木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社は、倉敷市を走る瀬戸中央自動車道の水島ICで下り、次の大きな交差点の国道21号線を、児島方面へ向かう途中、 左側に湖に面した「福南山」という山があります。

車を走らせてると、福林湖という湖の手前に大きな鳥居が見えます。

鳥居の先はバスで下車して、徒歩でなら行けますが、車は通行不可なので、その次の信号を左折し湖に沿って細い道を進めば行き止まりその右側にある神社が、木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社です。

今は柵がありガードマンがいて、そこから先は通行禁止になってますが、10年程前まではこの先には、サノヤス造船の社宅が6棟あり、私達も子供が小さい頃そこで生活していました。

このE棟の3階に娘が6歳~15歳迄9年間住んでました。 

間取りは3DKで、3人家族には広くて住みやすかったです。 懐かしいですね~

山の中なのでいつも小鳥のさえずりが聞こえ、空気も新鮮でとてものぞかな暮らしでしたね。

公園で遊ぶ子供達のはしゃぐ声、春にはつつじの花がのり面一杯に咲き誇り、とっても綺麗でした。

ただ冬はとても寒くて、窓が凍って開かなかったり、積雪があると坂道を入居者総出で、雪かきをしないと通勤出来ませんでした。

それも社宅が無くなってしまった今となっては、懐かしい思い出ですが…

昨日は急に娘が思い立って誘ってくれて、20年ぶりにこの神社の桜を見に来たのですが、この神社のすぐ隣にお地蔵様があり、そこの桜の木の下で入学式の後、記念撮影をした事が思い出され懐かしかったですね

以前、社宅のあった場所まで行ってみたかったのですが、社宅ももう今は取り壊されてしまい、跡形もなく寂しかったです。

木華佐久耶比咩神社の拝殿・本殿

福南山(ふくなんざん)の麓に位置することから、「福南山神社」とも呼ばれ「美の女神」が祀られている神社があります。

『木華佐久耶比咩神社』(このはなさくやひめ神社)は、そこにあることを知らなければ、見過ごしてしまうほど、ひっそりと奥の方に祀られております。

「このはなさくやひめ」とは、木の華が(桜とされる)咲くように、美しい女性という意味があるそうです。

 その歴史は古く、平安時代初期に創建され、江戸時代には備前池田藩主の祈願所として、参られてきたと言われています。

 「美の増進」「安産」「厄除け」「良縁」を願う女性が訪れることも多いそうです。

大きな赤い鳥居は昭和60年に建てられたそうで、比較的新しいものなんですね。

石段を少し上ったところに拝殿があります。

平安時代からある割にはきれいだな…と感じるかもしれませんが、そう、新しいのです。
こちらは2000年に建てられたものなのです。

木華佐久耶比咩神社は、もともとは福南山の頂上付近にあったのですが、1948年に原因不明の火災により焼失してしまい、その後しばらくは社殿が無い状態が続いていました。

1976年に本殿が再建され、その後に拝殿が再建されました。
扉には、神社の名前にちなんで桜の彫刻が施されていました。

拝殿は、日中は自由に入ることが出来、お守りや御朱印をいただくことが出来ます。

ただし、無人販売でおつりが出ないので注意して下さいね。

ちりめん生地で桜の花を模った「はなさち守り」など、かわいい物がありますよ。

顕彰碑は第12代宮司・三宅光信氏が、近くにある郷内小学校の校歌を作詞した物です。

私の娘も郷内小学校を卒業しましたが、校歌がこの神社の宮司さんが、作られたとは今まで知りませんでした。

何とも感慨深いものですね~

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木華佐久耶比咩神社の奥宮への道

拝殿の横を少し行くと、奥宮へ続く道があり鳥居が建っています。

鳥居には天保15年とあり、その風貌からも歴史を感じます。

道はいかにも山道といった感じで、神聖な雰囲気を醸し出しています。

奥宮は、かつて社殿があったところですが、焼失してしまったので、今は石祠と痕跡が少し残る程度です。

社殿はありませんが、本来建っていた場所なので、パワーが強いです!

歩いて30分~40分ほどで到着しますが、かなり息が上がり、しんどいです。

途中道が狭く歩きにくいので、水筒持参でスニーカーでないときついですよ

私も社宅住まいの時は娘を連れ、ここまで社宅の仲間達とわらび採りに来たものです。

頂上まで登るのは結構足元が悪く、息が切れますが空気が綺麗で、山頂の景色は最高でした!
眺望がよく、瀬戸大橋も眺めることが出来ますが、暗くなるのが早いので、午前中に行くことをお勧めします。

以前社宅の女性が子供2人を連れ、わらび採りに入山したのですが、日が暮れ道に迷い下山した場所が、全く方角の違う場所に降りてしまい、帰宅するのに2時間以上掛かりとても怖かったと話してました。

それとこれからはマムシも出ますので、要注意です。

木華佐久耶比咩(このはなさくやひめ)神社の歴史

古事記によると、木華佐久耶比咩命は、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)から求婚をされました。

父の大山祇命はそれを喜び、木華佐久耶比咩命と姉の岩長比売命(いわながひめのみこと)の二人を、瓊瓊杵尊のもとに嫁がせましたが、岩長比売命はとても醜い容姿だという理由から、一人だけ送り返されてしまいます。

大山祇命が二人を嫁がせたのには、木華佐久耶比咩命からは、桜が咲き誇るように栄えるように、岩長比売命からは岩のように強い永久の命を、との理由があったからなのでした。

その思いが伝わらない事に怒った大山祇命は、「瓊瓊杵尊の命は木の花のように、はかないものとなるでしょう」と告げたそうです。

その後、木華佐久耶比咩命は瓊瓊杵尊と床を共にし、一夜で子を身ごもったそうですが、そのことを不審に思った瓊瓊杵尊は、自分の子なのか疑いをかけました。

木華佐久耶比咩命は怒り、産屋にこもると出入り口をふさぎ、「あなたの本当の子供なら生き残ることでしょう!」と自ら火を放ちます。

そして炎の中、火照命(ほでりのみこと)、火闌降命(ほすせりのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を産んだそうです。

こんな疑いを掛けられるなんて、女性にとって最悪の侮辱が、許せなくて命がけで出産したのでしょう

こんな伝説があったなんて知りませんでしたね~

木華佐久耶比咩神社・住所&アクセス

〒710-0145 岡山県倉敷市福江1671−4

※倉敷駅から天城線バス 福南山下車  徒歩5

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コロナ禍で旅行に行けない今だからこそ、地域の神社の歴史探訪をしてみてはいかがでしょうか?

そしてパワーを頂き、リフレッシュして前向きに生活して行きましょう

境内には桜の木も植えられています。

私達が先日行った時は、桜の花がとてもきれいでした。

参拝した翌日に、良い方とご縁を頂き、仕事でいい話が舞い込みました!

これで長年の悩みが解決しそうで、感謝しております。

あなたも是非一度、木華佐久耶比咩神社に、参拝してパワーを頂いて下さいね

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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