マイク・シュルツ金メダル獲得!これまでの経緯・小栗大地の義肢も彼の開発した物だった

こんにちはmiuです。

早いもので、3月も中旬になり、多くの感動を貰った、平昌パラリンピックも18日に閉幕しました。

平昌パラリンピックは、10日間の全日程を終了し、38選手が参加した日本選手団は、前回のソチ大会を超える10個のメダル(金3、銀4、銅3)を獲得し、目標の7個以上を達成しました。

本当に「おめでとうございます。」そして「お疲れ様でした。」

今回のパラリンピックで私が感動した選手は、男子スノーボードクラスで金を獲得した、米国のマイク・シュルツ選手です。

彼は、アスリートと義足開発者の2つの顔を持つ選手です。

更に驚いたのは、日本の小栗大地選手の義足も彼が作った物であり、2人の義足を見せて滑走している姿に感動しました。

今日は、シュルツ選手と小栗選手にスポットをあててみました。

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マイク・シュルツ選手のこれまでの経緯

平昌パラリンピックで、義足を露出させて滑走してる選手達がいて驚き、更にその義肢の開発者も、今大会に参加し金メダルを獲得したマイク・シュルツ選手だった事に驚き感動しました。

スノーモービルのプロだったマイク・シュルツ選手は、2008年12月のレース中に転倒して左足を失いました。

数カ月後、義足を着けて歩くまでになりましたが、再びスポーツを始めるには既存の義足では、物足りなさを感じていました。

そこで、自らスポーツに適した義足を開発してレースに復帰し、研究しながらスノーボードの世界にも飛び込んだのです。

そして、2010年には会社を設立し「可動域の広さや、衝撃の吸収力が長所」である義足を作り上げました。

日本代表の、小栗大地選手もシュルツ選手の義足を使用しております。

マイク・シュルツ選手の開発した義足を装着する、利用者の多い米国では、メダリストを多く生んでいます。

小栗大地選手のこれまでの経緯

小学5年でスノーボードを始め、ニュージーランドなどへ、海外留学を繰り返しながら25歳でプロになりました。

アルペンレーサーとして活躍しましたが、競技からの収入だけでは生活は苦しく、パチンコ店などのアルバイトで生計を立てていました。

そして、30歳で引退し、地元・名古屋の鈑金加工会社、三進化学工業に就職しますが、事故が起こったのは13年8月、32歳の時でした。

作業中に重さ数トンの鉄板が右足に落下し、膝上から切断しなくてはいけない重大事故に、巻き込まれてしまったのです。

2ヶ月の入院生活で2度の手術を受けましたが、3ヶ月で職場に復帰しなんと4ヶ月後にはボードに乗ってました。

2014年ソチ大会で、スノーボードがアルペンスキーの、1種目として実施されたことも、モチベーションになっていました。

2016年からW杯に参戦し、着実に実績を積み上げて、4年半で目指した舞台に立ちました。

ウエアの右膝から下をカットして、義足を出して滑るのは「障害があっても、義足でもやれば出来るというアピールです」とコメントされてます。

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平昌パラリンピックでのアクシデント

スノーボード競技で12日、スタート地点の電動ゲートが壊れました。

2選手が一緒に滑って先にゴールした方が勝ち残る、対戦型のレース種目「スノーボードクロス」で用いるゲートで、各選手の前に立つスタート板が、コース側へ倒れて開くのが、片方の選手は開かず、一人だけ滑り出してしまうトラブルが相次ぎました。

このアクシデントにみまわれたのは、下肢に比較的重い障害を持つ選手が出場する競技でした。

決勝トーナメントに進んだ、日本の小栗大地選手(三進化学工業)も1回戦、対戦相手のブラジル人選手のゲートが開かず、小栗選手だけが猛スピードで滑りだしました。

しかし、コース半ばまで滑ったところで係員に止められ、再レースにすると告げられ、スノーモービルでスタート地点まで運ばれ、仕切り直すことになったのです。

この後、係員は電動ゲートの修理に着手しましたが、同じトラブルが先に滑った組でも起きており、ゲートは直したばかりでした。

結局、運営側は修理を断念し、その後のレースでは電動ゲートを使わず、2選手の前にゴムバンドを張って、間に立った係員がゴムバンドから手を離した瞬間に、レース開始という方法をとりました。

まるで小学校の運動会の様な事が、国際スポーツ大会で実施され、選手達もきっと驚いた事でしょう

小栗選手は、一連のトラブルで最も迷惑を被った選手の一人でした。

対戦相手よりも、半レースほど余計に滑って体力を消耗した上、仕切り直しのレースまでに、約40分間も待たされました。

異例の出来事を乗り越え、仕切り直しのレースで快勝した精神力は、立派の一語に尽きますが、残念ながら次の準々決勝で、力尽きたように6位で敗退してしまいました。

敗退後、一連のトラブルの影響を問われた小栗は「正直、ありました」と本音をもらしてましたが、本人の悔しさは計り知れないと思いました。

トラブルは、小栗選手の出場種目だけでなく、同じコースで実施されたこの日の、スノーボード競技全体の進行にも影響しました。

又、春の陽気に包まれたゲレンデは、時間の経過とともにどんどん雪解けが進み、コンデションが悪かった様です。

このアクシデントが無ければ、いい結果を出せていたのではと思うと、本当に残念の一言に尽きます。

マイク・シュルツの言葉

平昌の舞台でも多くの選手がBIODAPT製の義足を使っています。

「日本人の選手も僕の義肢を使ってくれていてとても嬉しいです」

日本の小栗大地選手(三進化学工業/SB-LL1)もその一人です。

「大腿切断(LL1クラス)では(BIODAPTの義足を)使っている選手が多いと思うんですけど、一番使い勝手がいいのかなと思ってます」と話す。

「世界中の選手が僕らのつくった義肢を使ってくれています。オーナー、そしてデザイナーとしては、選手の活躍を見ていると本当に作ってきて良かったと思う」と笑みを浮かべ、自身の開発した義足をアメリカ代表選手に、惜しげもなくシェアしました。

「僕の手でつくった物で他の人が目標を達成する。その手助けができるのは感慨深い経験です」

こうして、ライバルをサポートし、自身も挑戦を続け、そして勝利!

この姿勢は、本当に素晴らしいですね

これからも怪我のない様に、次のパラリンピックを目指して頑張って欲しいですね

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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