高橋大輔や田中刑事のスケートリンク・ウェル・サンピア倉敷存続危機回避の真相とは?

こんにちはmiuです。

昨日は、田中刑事選手の記事を投稿しましたが、田中選手の大先輩である、2010年バンクーバーオリンピック銅メダリスト、2006年トリノオリンピック、2014年ソチオリンピック日本代表となった高橋大輔さんが有名です。

みなさんは、高橋大輔さんや田中刑事さんが練習して来たウェル・サンピア倉敷スケートリンクは、以前存続の危機がささやかれ閉鎖寸前で、すごくさびれていたのをご存じですか?

あの後確か、何年間かは閉鎖してた様な記憶がありますが、あれからどうなったのか今は再開してますね

私もなぜ持ち直したのか解らないので、調べてみる事にしました。

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ウェル・サンピア倉敷

ウェルサンピア倉敷は1992年社会保険庁が保養施設として建設、厚生年金事業振興団が運営していました。

地下1階、地上6階の本館に加え、スケートリンク、テニスコート、グラウンド、レジャープールなどのスポーツ施設のほか、結婚式場や会議室も備え、年間20万人以上が利用していました。

この当時はとても利用客が多く、とても盛況でした。

中でも、スケートリンクは県内唯一の日本スケート連盟の公認施設で、開設以来、県内のスケート人口を増やし、オリンピック代表選手を生むなどスケートレベル向上に貢献してきました。

しかし、2005年、社保庁が年金保険料を流用して、保養施設を建てたことが世間の批判を浴び、同様の全国302の施設は、廃止・売却対象になりました。

ウェルサンピア倉敷も2008年3月末で閉鎖され、管理団体の年金・健康保険福祉施設整理機構が同施設の土地と建物を、入札により35000万円の、最低価格で売却しようとしましたが買い手がつかず、同機構は最低価格を見直して、再び入札を行うことになりました。

その後、スケートリンクだけは同機構から借り受ける形で、県スケート連盟により冬季のみの営業を続けていました。

その間、市民や利用者と県スケート連盟による、存続運動が起こり、日本スケート連盟の協力と、署名を提出するなどして、倉敷市に施設の存続を働きかけました。

2009年学校法人加計学園が倉敷市からの要請を受け、同学園の系列大学の教育研究拠点として、再開されることとなりました。

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高橋大輔の現在

惜しまれながら引退した高橋大輔さんですが、その後はどうされているのでしょうか?

2013年28歳で現役引退後は、プロスケーターとしてアイスショーに出たり、フィギュアスケートの大会のナビゲーターを行うなど、現在もフィギュアスケートとは関わりがあります。

最近では、氷上で培った演技力を舞台でもと、ダンサーとしてダンスショーに出演してます。

また、バラエティー番組やドキュメンタリー番組に、出演するなどマルチに活動しています。

今後、高橋大輔さんや田中刑事さんのショーが、ヘルスピア倉敷で、開催されるのを楽しみにしております。

又両選手に続き、世界を舞台に羽ばたく子供達が、このスケートリンクから、巣だって行く事を願っております。

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

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