滝沢秀明の生い立ちは両親の離婚で貧困だった?ジャニー喜多川との出会いが運命を変えた

おはようございますmiuです。

年内で芸能活動を引退する滝沢秀明が28日、午後9時から放送されるTBS系『中居正広のキンスマスペシャル』(後9:00)に出演し、今秋にタッキー&翼を解散し、突然の引退を発表した滝沢が、その決意に至った理由を告白します。

芸能界引退は一大事ですが、いったいどんな理由があったのでしょうか?

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滝沢秀明の幼少期は貧困だった

滝沢英明さんは、1982年、東京・八王子で3人兄弟の末っ子として生まれたました。

幼少の頃から「父親からは、愛情を受けた記憶はない」といい、幼稚園の時、両親が離婚し父が家を出て行ってからは、生活が一変し、鉛筆、消しゴムすら満足に買えない極貧生活を送りました。

食べるものが無く、帰りの遅い母を待つ間、兄弟で1つのお菓子を分け合って、食事代わりにした日々もありました。

一刻も早くこの生活から、抜け出したかった彼は、中学生になると「どうやったら子どもも働けるんだろう」とばかり考えていました。

子供なりに現状を脱するには、どうしたらいいのか考えていたなんて、切ない話ですね

滝沢秀明とジャニー喜多川との出会いは?

貧困生活から脱出する為なら「どこでもよかったんです」と話す滝沢さんは、ジャニーズやアイドルへの憧れが、あったわけではないと言います。

ただこの生活を抜け出したいと自ら応募し、書類選考を通過、オーデションの日を迎えました。

「ボロボロの服を着て・・・。オーディションが終わる時に“僕がジャニーです”って…ジャニーですって言われても誰だろう?って、僕は本当に詳しくなかったのです」

そしてそこではもう一つの大きな出会いが。「隣に翼もいたんですけど、翼はジャニーさんが名前を聞いていて、この子受かったんだろうなって」と長年の相棒である今井翼への思いも明かしました。

滝沢さんはジャニー氏について「小さい頃に学ばなきゃいけないことを、1から教えてくれた人で、どこかで“オヤジ”っていうのはこういう存在なのかな」と幼い頃に家を出た父親と別れ、初めて“父”という存在を知りました。

以来、滝沢さんはジャニー氏から演出のことから、生活の規律のことまでさまざまなことを学びました。

思春期になると、時には自らの怒りの矛先を、ジャニー氏に向けることもありましたが、いつも優しく受け止めてくれました。

滝沢さんは、13歳でジャニーズJr.として、キャリアをスタートさせました。

同時期にジュニアだった山下智久さんは「(ジュニアの中で)タッキーは特別なことが普通だった」と証言する通り“特別な存在”となっていきました。「嵐を結成する時に、(5人がジュニアから)出たことで、今後のジュニアをどうするか、ジャニーさんと相談しながらやっていた」というほど、ジャニー氏との関係は深かったと言います。

ジャニー喜多川さんは、この頃から滝沢さんを信頼し、目をかけていたんですね

滝沢秀明がジャニーズ事務所後継者になる?

ここ最近、ジャニーズ事務所内の派閥争いや、相次ぐ不祥事によって「ジャニーズ帝国の崩壊」といった報道が過熱していました。

今回の「正統な後継者」の誕生は事務所にとって、かなりの朗報には違いないですが、しかし誰もが「なぜタッキーは引退をしなければいけないのか?」ということでした。

滝沢秀明はまだタレントとしても、現役バリバリの36歳です。

プレイングマネージャーという選択肢を捨て、芸能界引退という片道切符を手に「裏方入り」を表明した彼の、思惑とは一体なんだったのでしょうか?

「ジャニーズ事務所の後継者は、長年マッチ(近藤真彦)やヒガシ(東山紀之)と言われていましたが、2人とも後進育成をメインとした、裏方になる気はなかったようです。

 

しかし、タッキーが正当な後継者となるには、少なくともこの2人に花を持たせる必要があります。

タッキーがタレント活動と並行して、後継者を襲名すると、新たな騒動を巻き起こす可能性が、あったということでしょう。

そのためタッキーは、『芸能界引退』という誰もが予想しなかった選択をしました。

普通のタレントならまずこういう決断はしませんよね

そこにはこれまで、ジャニー喜多川さんとの間に培ってきた、忠誠心や信頼関係があったのでしょう

芸能界引退は非常に残念ですが、これからはジャニーズ育成のために尽力して頂きたいですね

滝沢秀明さんの今後の活躍に期待します。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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