小沢健二・現在は病気というのは嘘?活動休止理由はアメリカ移住と結婚だった

  こんにちはmiuです。

今朝はあいみょんの「マリーゴールド」が小沢健二の「さよならなんて云えないよ」に似ているという記事を書きました。

若い世代の方は、小沢健二さんを知らないと思いますが、小沢健二さんは昭和時代に、一世を風靡したシンガーソングライターですが、しばらく活動を休止されていて、病気ではないかと噂されています。

最近芸能界に再復帰されましたが、真相はどうなのか調べてみました。

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小沢健二のこれまでの経緯

小沢健二さんは、1968年に神奈川県相模原市に、ドイツ文学者の父、小沢俊夫と、心理学者の母、小沢牧子の次男として産まれますが、すぐに父の都合でドイツに引っ越します。

小沢さんは幼少期から音楽に、かなりの興味を持っていたらしく、すぐに音楽の楽しさに引き込まれ、熱中したといいます

学生時代も音楽に対する情熱は変わらず、部活動ではバンドを組んで活動しておりました。

大学生の時にはアマチュアバンド「ロリポップ・ソニック」を結成しました。

そして中学時代に、運命の出会いをはたした、小山田圭吾とともに精力的に活動しました。

1989年にはプロデビューを成し遂げ、バンド名を「フリッパーズ・ギター」に改名しました。

アマ時代は5人で活動していましたが、プロに転向すると同時に、昔からの相方である小山田さんとの2人態勢になっています。

小沢健二・フリッパーズ・ギター解散後は?

解散は1991年と活動期間は短いものでしたが、オリジナルアルバム3枚などを手掛けました。

解散後はソロ活動に専念しました。

1993年の「天気読み」でデビューしました。

そして「今夜はブギー・バック」は50万枚を超える大ヒットとなり、人気が一気に爆発しました。

そして同年に発売したアルバム「LIFE」も、続けて大ヒットとなるとともに、当時はテレビの前でみせる軽快かつ知的で余裕のある、振る舞いやファッションが支持されて「渋谷系の王子様」と呼ばれる様になりました。

雰囲気がお坊ちゃまで、どことなく品格さえ感じるマスクで、まさに王子様と言われてたのが解かる気がしますね

その後1995年96年には連続して、紅白歌合戦に出演するなど、人気絶頂でした。

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小沢健二が活動を休止した理由は?

小沢さんは、人気絶頂だった2年後1998年に、しばらくの間活動を休止してしまいます。

しかし2002年に復活し、オリジナルアルバムをリリースするも、活動はそこまで活発的というほどでもなく、メディアへの登場もめっきり減ってしまいました。

急に活動が控えめになった事もあってか、病気なのでは?という噂が広がっていましたが、2000年からの活動が少なくなった時期は、主にアメリカのニューヨークに、拠点を置いていたようで、なんとそこでご結婚もされています。

お相手はフォトグラファーの、エリザベス・コールさんという女性です。

そして2013年には、息子さんが誕生しています。

活動拠点が海外になり、日本での出演が少なくなった為に、病気説が流れましたが、本人は順風満帆な生活を、送っているようですね。

小沢健二の現在は病気というのは嘘?

実は小沢健二さんは、最近は時々テレビ番組に登場しています。

2014年には、当時お昼の人気番組だった「笑っていいとも!!」に出演していましたし、2017年には「Mステ」にも出演しています

日本での活動もまた少しずつですが、戻ってきているので、きっとあいみょんも喜んでることでしょう。

昨年からシングルも発表し、コンサートなども定期的に開催している様です。

現在はインスタグラムに、ファンが結構アップしていました。

50歳という節目の年に再復帰され、これからいろいろな音楽を提供して、楽しませてくれる事でしょう

これからの小沢健二さんの活躍を期待します。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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