高橋大輔・子供時代はいじめられっこだった?フィギュアとの出会いと厳しい家庭環境

 おはようございますmiuです

フィギュアスケートの近畿選手権が8日、兵庫県の尼崎スポーツの森であり、高橋大輔さんがフリーで3位に入りました。

高橋さんは、2014年ソチ五輪の出場を最後に、現役を引退しておりましたが、7月1日、自身の公式ホームページで、競技会への現役復帰を表明しておりました。

日本のフィギュアスケート人気をつくり上げた、元祖エースの復帰でした。

フィギュアはお金の掛かる競技で、お金持ちの子供しか出来ないと言われてますが、裕福でなかった高橋さんの、厳しい環境だった子供時代を振り返ってみました。

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高橋大輔の子供時代は?

岡山県倉敷市に住む高橋さん一家は、鳶職人の父・粂男(くめお)さんと、理容師の母・清登(きよと)さんの間に、4人の息子がおり、高橋大輔さんは末っ子の四男でした。

幼少期は気弱な、いじめられっ子だったという高橋さんは、学校が終わると母が勤めている理髪店「タムラ」に立ち寄り、店主の光江さんの娘・英子さんに宿題などを、教えてもらう毎日を過ごしていました。

理髪店「タムラ」の娘である英子さんは、高橋大輔さんより17歳年上の女性となります。

高橋さんにとっては、姉のような存在だった英子さんは、高橋さんとフィギュアスケートを引き合わせた人物でもあります。

高橋選手は「姉ちゃん」と慕っておりました。

高橋大輔フィギュアスケートとの出会い

英子さんは、スケートの経験があり、リンクに小学2年生の、高橋大輔さんを連れ出しました。

高橋さんは恥ずかしがり屋で泣き虫な少年で、男の子らしい競技のアイスホッケーには目もくれず、関心を持ったのが隣で練習をしていたフィギュアでした。

高橋さんがフィギュアスケートを習い始めて以降は、共働き中の(高橋家の)両親に代わり、スケートクラブへの送迎役を担当するなど、英子さんなしでは「フィギュアスケーター・高橋大輔」は、存在しなかったと言えるほどの重要な恩人と言えます

高橋さんがスケートを始めて間もない頃、世界選手権のエキシビションが、広島で行われた時のことでした。

観戦チケット代は1万円、当時の高橋家にとっては大金でした。

でも、母は無理をして費用を捻出し、大輔さんを送り出してくれたと言います。

観戦から帰った大輔さんは「よかった!」と感動を母に伝えました。

この時、母は「どんな事があってもこの子にフィギュアスケートを続けさせてやろう」と心に誓ったのでした。

きっと息子の熱い思いが母に伝わったのでしょう

高額な費用をどう捻出したのか?

フィギュアスケートに関しては、とにかくお金のかかる習い事として有名であり、純粋な習い事としても父親の年収が、1000万円以上の家庭向けなどという一般論もあります。

そのうえ、競技選手として日本選手権出場を目指すとなると、地方大会へ遠征するレベルの選手でも、年間にかかる費用は250万円とも言われる世界となります。

ここまで来ると、年収1000万円家庭ですら、家計が苦しくなってくるレベルと言えます。

一般家庭では大抵このあたりで、費用が捻出出来ず諦めてしまいますが、お金の為にこどもの夢をつぶしてしまうのは親として本当に忍び難い事ですよね

でも高橋家の場合は、息子のスケート代を稼ぐために、母・清登さんが理髪店の他にも、夜にお弁当屋に働きに出るなど、かなりの苦労があった様ですね。

こうして息子大輔の夢の為に、お母さんな身を粉にして休む間もなく、働きづめに働き費用を捻出してたのです。 これ程の母の愛があるでしょうか?

それでもお金が十分ではなかった高橋家では、1日の食費が1500円まで切り詰められた他、家賃3万7000円の借家暮らしで住居費を節約するなど、一家が全員が高橋大輔さんのスケート代捻出のために、我慢の日々を続けることになりました。

涙ぐましい生活費の節約の日々がありながらも、高橋家ではスケート用具代の節約という方面でも、試行錯誤が繰り返されることになりました。

大会で使用する衣装は、清登さんと英子さんによる、お手製という基本的な節約術から、スケート靴の刃の研磨を粂男さんが担当して自前で済ますなど、涙ぐましい努力が続くことになります。

節約術だけではどうにもならないスケート靴の、寿命問題に関しては、「タムラ」の常連客の方たちからのカンパで買い換えるなど、周囲の人たちの支援にも恵まれた高橋さんは、フィギュアスケーターにとっての最大の問題である、金銭問題を無事乗り越えることが出来ました。

高橋大輔選手にこんなご苦労があったなんて、地元にいる私も知りませんでした。

とかくフィギュアスケートはお金の掛かる競技であり、お金持ちの子供の習い事で、大会に出るのもお金が無ければ出れない世界なので、高橋選手もてっきりお金持ちの、お坊ちゃんかと誤解しておりました。

こうしてご家族や周りの方の支援と、本人の努力があってここまで来れたんですね

本当に素晴らしい事ですね

 一度は引退したものの、見事に復帰されましたが、今後の高橋選手の活躍を見守っていきたいですね

追記   (高橋大輔さんがご両親にプレゼントされた、7千万の家が倉敷市連島町に建設されました)

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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