宇梶剛志ブラックエンペラーでの武勇伝!俳優になったきっかけと現在のCMが話題

 こんにちはmiuです。

今朝は宇梶剛志さんの幼少期の事や、非行少年時代や暴走族ブラックエンペラーの、7代目総長にまで登りつめた記事を書きました。

そんな宇梶さんですが、現在俳優として活躍されていますが、宇梶さんと    さんのCMだ今話題になっております。

暴走族のブラックエンペラーの、7代目総長にまでなった宇梶さんが、なぜ俳優になったのか調べてみました。

スポンサードリンク

宇梶さん2000人を束ねる、ブラックエンペラーの総長として名前が知られているので、道を歩けば喧嘩を吹っかけてくる奴も多かったそうです。

でも宇梶剛士さんは、自分から攻撃を仕掛ける事は無かったそうですが、売られた喧嘩には拳で応じていたようです。

現在のブラックエンペラーとは?

宇梶さんが束ねていたブラックエンペラーは、後に関東連合と呼ばれる暴走族の連合体の一つに、組み込まれますが、宇梶剛士さんが総長をしていた頃とは根本から質が違うようです。

宇梶剛士さんの時代のブラックエンペラーは、最大で2000人規模のチームとなっていましたが、後期の半グレ集団と呼ばれたブラックエンペラーは5~10名程度でした。

現在のブラックエンペラーは、暴走族的なバイクでの暴走行為よりも、渋谷のチーマーを敵対視して、縄張り争いをしており少数で凶悪犯罪を起こしていました。

また、宇梶剛士さんの時代の、素手での喧嘩やバイクでの暴走行為と技術の競い合い、年齢による上下関係がしっかり確立していたのに対し、後期の半グレは先述のように、凶悪犯罪を生業としており、暴力による支配とビジネスによる上下関係へと変化しています。

宇梶剛志の喧嘩作法とは?

宇梶さんには独自の喧嘩作法があり、戦いに勝利した後は喧嘩相手を、正座させて説教をするのです。

こんこんとまるで教師のように説教をします。

一体どんな内容の説教かは不明ですが、雰囲気だけは伝わってきますね。

喧嘩無敵のヤンキーが目の前にいて、しかもデカいから迫力は抜群でしょう。

その説教を受けたケンカの相手は改心して、二度と宇梶さんに、歯向かうようなことはしなくなったそうです。

スポンサードリンク

宇梶剛志が俳優になったきっかけは?

宇梶剛士は少年院でチャップリンの自伝を読み、感銘を受けて俳優を志しました。

宇梶は出所後、定時制高校に編入し母親の紹介で、歌手・錦野旦の事務所で手伝いを始めました。

その後俳優の菅原文太さんの目に留まり、かばん持ちをしておりました。

宇梶剛志のこれまでの経緯

その後美輪明宏に見出され、『青森県のせむし男にて初舞台を踏みます。

その後、美輪から紹介された渡辺えりなどの元で舞台経験を積む。若い頃はスリムで美男であり、18歳から2年間ほど、同じ事務所だった鶴田浩二から名前をもらって「津村浩」の芸名で活動をしていました。

長く無名で下積みの時代が続き、売れない時期は、芸能以外の仕事をして食いつないだり、もっぱら映画を鑑賞して過ごしておりました。

当時鑑賞した作品が現在の芸能活動の糧になっていると発言しています。

1980年代後半になり多数のトレンドドラマに脇役で出演するようになると、徐々に知名度が上昇し、以降多数TVドラマや映画で活躍しました。

最近では、宇梶剛士が出演した、腹筋マシン『ワンダーコア』のCMが、そのコミカルさから話題を集めております。

今の宇梶さんからは、元暴走族の総長だったなんて想像もつきませんが、その総長が俳優になるなんて、人生は解らないものですが、先が解らないから人生もまた楽しいのかもしれませんね

あなたの人生もこれからどう変わって行くか楽しみですね

私の人生もどう変わっていくかわくわくします。

みなさんがこれから歩む道が素晴らしい成果に繋がる事を祈っております。

今日も私のつたない記事を、最後まで読んで頂きありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です