暴走族ブラックエンペラー総長だった宇梶剛志・少年非行のきっかけは家庭環境

   おはようございますmiuです。

昨日は少年院の記事を書きましたが、芸能人にも元ヤンキーで少年院に入っていた有名人が何人かいます。

その中でも超有名なヤンキーで、元暴走族の総長であった宇梶剛志さんがおります。

どんなきっかけで宇梶さんがヤンキーになり、暴走族の総長にまで上り詰めたのか、思春期の男の子を持つ親御さんや、祖父母ならとても気になると思うので調べてみました。

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宇梶剛志の幼少期の家庭環境とは?

非行少年になってしまうのは、家庭環境や親の愛情不足であることが、きっかけであると思いますが、俳優の宇梶剛志さんは、どんな家庭環境で育ったのでしょうか?

幼少時代、宇梶剛士の父親は出張続きで不在が多く、母親はアイヌの詩人・古布絵作家で民族運動家でした。

両親ともに不在が多く、幼少時代は寂しい時を過ごしました。

大柄な彼の出生時の体重は5000gもあり、少年時代もやはり体が大きく活発な野球少年でした。

当時の夢はプロ野球選手になることでした。

宇梶さんも同世代の子供達と同じ様に、プロ野球選手に憧れていた時期があったんですね

非行少年になったきっかけとは?

宇梶さんは、一体どんなきっかけで不良少年になってしまったのでしょか?

それは、小学6年生の時に中学生23人に、喧嘩を売られたのですが返り討ちにしました。

そして中学に入学するとまたも、同じ中学生23人に呼び出され襲われたエピソードがあります。

これを聞いただけでとても怖いですし、よく生きてられたと思います。

なぜ中学生に集団リンチされたのか解りませんが、喧嘩や闘争に巻き込まれる様な、生意気な態度や乱暴な性格なのでしょうか?

そして、のちに俳優を志しますが、その時がくるまで喧嘩を繰り返しておりました。

幼少時代の寂しかった思いがある意味、トラウマになっているのでしょうか?

愛情をかけてくれるはずの両親がほとんど不在なのだですから…

喧嘩は心の叫びだったのでしょうか?

寂しさを紛らわすため、自分に注目して欲しかったのか、居場所を求め、不安だったのは確かでしょう

こんな時に相談できる人や、自分に接してくれる大人がいれば、きっと非行に走らなかった筈です。

先日も子ども食堂の記事を書きましたが、こんな子供の居場所にやはりこども食堂が絶対必要です。

プロ野球の道が断たれた

宇梶にはプロ野球選手になるという大きな夢がありました。

それが「悪の世界」へ踏み出すかどうかのストッパーになっていました。

中学卒業後は、彼は拓殖大学高校に進学し、野球部に入部しました。

当時の身長はすでに180㎝近くあり、プロのスカウトが注目するような選手でした。

しかしこの野球部は暴力問題が多く、警察のお世話になることもあり、ある日とある事件に巻き込まれ、少年鑑別所へ行くことになってしまいました。

そして高校中退となってしまい同時に、プロ野球選手になる夢は断たれてしまいました。

この大きな挫折に自分を制してた、ストッパーがはずれてしまいました。

それからは、自暴自棄の生活が始まり、パンチパーマにカラーヘア、特攻服を纏いシンナーを吸う毎日でした。

こうなると、もう留まることはなく悪の道にまっしぐらでした。

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暴走族になったきっかけとは?

こうして宇梶さんはヤンキーになり、心はどんどんすさんでいきました。

そしてこのたぎる思いを持て余すし、今度はこの力をどこでどう伸ばそうか、どこまで伸ばせるのだろうかという事が頭をよぎる様になりました。

万引きや覚せい剤なんてものはやりたくないという思いから、手当たり次第に喧嘩という行動をするようになっていきました。

そして暴走族の仲間入りをするのですが、特攻隊の服を着た日から、自分がどこまで登りつめる事が出来るのか挑戦したかったそうで、総長の座に就いてからは、どこまでブラックエンペラーの勢力を拡大できるかを、自分の使命としていたそうです。

元暴走族であったタレントのヒロミが『死ぬほど怖かった』言うように、宇梶剛士は喧嘩が相当強かったそうです。

こうしてブラックエンペラーという、2000人を束ねる暴走族の7代目総長になったのでした。

そうして頂点まで登りつめたのです。凄い!の一言につきます。数が桁はずれで想像がつきません

そんな宇梶さんですが、どうして役者になろうと思ったのか謎ですが、午後からは宇梶さんの、暴走族での武勇伝や役者になったきっかけなどを調べてみます。

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

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