戦慄かなの少年院での生活!現在はアイドルと並行してNPO法人立ち上げ準備中

 こんにちはmiuです。

昨日から戦慄かなのさんの事を、シリーズでお伝えしておりますが、戦慄さんは少年院で1年8ヶ月生活してた様です。

最初は、心を閉ざし法務教官を困らせていた様でしたが、法務教官の根気よい指導の甲斐あって、前向きになり自分の目標を見出し、ひたすら勉強しその努力で数々の資格を取得し退院しました。

そしてその後みごと有名大学に合格しました。

現在は自分のやりたい事の為にアイドル活動をしながら、法律の勉強をしてNPO法人を立ち上げようとしております。

今日は、戦慄さんの少年院での様子を調べてみました。

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戦慄かなの少年院での生活

女子少年院にいたのは、1年8カ月、犯罪行為に対する反省、生活態度などに問題がなければ、1年未満で退院する人もいるそうですが、戦慄さんには早く出ようという気持ちがなかった様です。

「そう簡単に変わりたくないという思いがあって。少年院の中では、不良であればあるほど、心変わりが早いっていうか、めちゃくちゃ優等生になるんですよね。上下関係が厳しくて、ゴリゴリのヤンキーみたいな人がいちばん優等生になりやすい。逆に私みたいにひねくれていたり、変にお嬢様っぽかったりすると、退院が遅れがちなんです」

改心するのを拒否した戦慄さんですが、少年院での出会いが人生を変えました。

戦慄さんがいた女子少年院では、「先生」と呼ばれる法務教官が数人いて、それぞれが3人ほどの少女の指導に当たります。

戦慄さんの担当になった先生は、まるで母親のように優しく、厳しく、接してくれたそうです。

もちろん、すぐになつくほど、非行少女たちは甘くないです。

戦慄さんも最初は反発し、何度も問題を起こしました。

それでも、先生は決して戦慄さんを見放さず、粘り強く向き合い続けました。

ただ厳しく叱るのではなく、ときには頭を撫で、温かい言葉をかけてくれました。

 「少年院に入ってから、第2の非行というか、反抗期みたいな感じて、けっこう問題を起こしていました。でもそれは子ども返りみたいなもので、甘えの欲求だったと思います。先生は本当に第2のお母さんみたいで、親に愛されてこなかったのが、少年院ですべて補われた感じがあるんですよね」

愛情不足の子供は本当に心がすさんで、人を思いやる心が欠如してますので、親の愛情がどれ程大切かわかりますね

こうして 先生の尽力もあり、手負いの獣のように荒れ狂い、「私は変わらない」と息巻いていた戦慄さんの心は次第に静まっていきました。

戦慄さんにとって、少しでも気の休まる場所が出来て本当によかったですね

戦慄かなの少年院で資格取得した

少年院では、退院した後に少しでも役立つようにと、WordやExcelの習得、秘書検定、レース編みなど、さまざまなプログラムが行われています。

その中で戦慄さんは、高卒認定試験の受験を選びました。

改心して前向きになった、というわけではなく、現実逃避でした。

「少年院だと多いときには1日に3回くらい、作文を書かないといけないんですよ。自分の犯罪や過去の辛かった事を思い出して、そのときに自分はどう思ってたのかを細かく振り返って、過去と向き合うんです。私にとってはそれが一番きつい時間で、それから逃げるには、本を読むか勉強するしかなかった」

少年院には勉強を妨げるスマホも、テレビも、友だちからの誘いもない。

先生の影響で、法務教官という仕事に興味を持った戦慄さんは勉強に励み、高卒認定試験にみごと合格しました。

この時の担当の法務教官がよいお手本になり、戦慄さんに新たな目標が出来て本当に良かったですね

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戦慄かなのの現在

こうして今春、晴れて大学生になった戦慄さんは、一時休止していたアイドル活動を本格的に再開しております。

現在は母親、妹と同居中です。

少年院時代に嫌になったほど過去と向き合ったから、母親を憎む気持ちは薄れましたが、わだかまりが溶けるはずもなく、早くアイドルとしてひとり立ちするために、ピアノ、作曲、ダンスなど9つの習いごとをしている様です。

毎日こうして目標に向かい、着実に前進してるのには頭が下がります。

同時に「やりたいこと」を実現するために動き出しています。

彼女が目指すのは、「今まさに虐待されている子どもたちを救うこと」です。

「少年院に入ったら、虐待されていた子が結構いたんですよ。でも、虐待を受けている子自身がSOSを出すのって、すごくハードルが高いんです。

私自身、虐待されてるときには外に助けを求められなかったし、自分が虐待されてると気付いてないパターンも多いんです。

だから、周りの大人が目を向けてあげることが大事だなと思っていて、たとえば私の家にはお金があるのに私と妹は貧困状態でした。

そういう現状があるということを発信したり、虐待されている子どもたちを助けられる様な、活動をしたりしていきたいんです。

でも、この話だけすると怪しいでしょ。だからミスiDの最終審査で自分の経験を話しました」

こう考えるようになったきっかけは少年院時代でした。

もともと、カウンセラーに興味を持っていた戦慄さんは、少年院に入って先生に出会うことで立ち直りました。

だから、1度は法務教官になりたいと思っていましたが、アイドル活動をしているうちに、大勢のファンができました。

そのファンの力を借りて虐待で苦しんでいる子供達を、救う活動が出来るのではないかと思ったんです。

この活動は、ひとりでできるような活動ではないことを、戦慄さんは理解しています。

だから、大学で法律の専門知識を身に付けつつ、協力者を得ながらこの活動をNPO(非営利組織)化して、クラウドファンディングで寄付金を募るという計画を立てています。 

「いずれはこども食堂みたいな場所を設けるでもいいし、お母さんが帰ってこない子たちにお弁当を送るでもいいし、そういう活動をしていきたいと思っています」

素晴らしい企画ですね、私も是非賛同したいです。

戦慄さんのこの善意の輪が、世界中に広まる事を心から願っております。

今後の戦慄さんの活躍を期待しております。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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