こんにちはmiuです。
昨日は戦慄かなのさんの、これまでの経緯やネぐレストの、母親の記事を書きましたが、戦慄さんは少年院を出てから、地下アイドルになろうと思います。
私達の年齢では、聞き慣れない言葉ですが「地下アイドル」とは一体どんな物なのか、そしてなぜ戦慄さんが「地下アイドル」になろうと思ったのか調べてみました。
戦慄かなのが地下アイドルになった動機とは?
戦慄さんは、非行を繰り返し16歳まで1年8ヶ月少年院にいました。
少年院で、いくつかの資格を取得していた戦慄さんは、2016年に退院した後、薬局で事務員として働き始めました。母親が決めてきた仕事でした。
しかし、数カ月で辞めてしまい、ある日アイドルになろうと思いたったのです。
当時、大手の芸能事務所ではなく、中小の事務所に所属して、あるいは個人レベルでライブなどを、行う女の子たちが登場していました。
彼女たちは「地下アイドル」と呼ばれていました。
戦慄さんが少年院に入った頃には、存在しなかった言葉で退院後に、地下アイドルの存在を知った戦慄さんは、驚いたと言います。
同時に、こう思ったそうです。「これなら私もできる!」「私が知ってるアイドルはAKB(AKB48)とかモー娘(モーニング娘)で、自分がなれるとは思ったこともありませんでした。
でも、私が少年院に入っている間に、一気に地下アイドルという言葉が浸透して、なかにはお遊戯会レベルのアイドルもいました。
私はダンスがすごく好きだったので、ダンスを生かせば、私もアイドルになれるかもしれないと思ったんです。
とはいえ、何かツテがあったわけではない。
さてどうしようかな、と思っていた矢先に、ツイッターを通して、芸能関係者と名乗る人物から連絡がありました。
戦慄かなのが地下アイドルデビューした
なんと、戦慄さんが妹とダンスしている動画を、ツイッターにアップしたところ、それを見た人がその関係者に連絡し、その関係者は戦慄さんをイベントに誘ったのです。
「可愛いし、ダンスもうまいから、うちのイベントに出てみませんか。歌はもう、どんなふうでもいいので」歌はどんなふうでもいい、という言葉にはリアリティがありました。
その誘いに乗った戦慄さんは、イベントに出演し、あっという間にファンがつき、ツイッターのフォロワーがどんどん増えていきました。
この舞台の前後、アイドルらしくキラキラしたキャラを、演じていた戦慄さんは、すぐに考えを改めました。
「私は地上のアイドルを目指しているわけじゃない。だったら、自分のやりたいことをしたいし、私が素を見せてもついてきてくれるファンがいればいいや」
そして、ぶりっ子をやめ、ツイッターでも、歯に衣着せぬ投稿をするようになりました。
そのせいで、何度か「炎上」しましたが、そのアイドルらしくない振る舞いが、話題を呼び戦慄さんいわく”モノ好き”のファンが増えていきました。
しかし「のーぷらん」での活動は、2017年1月から5月までという短期間で終わりました。
もともと大学受験をするための、受験勉強をしたいと思っていたことに加えて、アイドル活動と並行して応募した「ミスiD 2018」の選考が進んでいたことも関係していました。
戦慄かなのがミスiDで「サバイバル賞」を受賞した
戦慄さんは、講談社が主催するオーディションの「ミスiD」に応募しました。
「ミスiD」は「まったく新しいタイプの女の子を発掘し育てる」ことをテーマに掲げるものでした。
応募した時には少年院の話は伏せていましたが、4000人が応募するこのオーディションで、最終審査に残った時に、戦慄さんは少年院に入っていた事を告白しょうと思いました。
戦慄さんは、審査の時に「私は破天荒な感じなんですけど、もともと「のーぷらん」はキラキラした感じでなじめなかったし、ここにいても私は、アイドルとしてステップアップできないなと思ったので、大学受験もあるのでやめさせてもらいますと伝えて、脱退しました」と語っています。
そして迎えた2017年11月、多数の審査員を目の前にして開催された最終審査で、戦慄さんは幼少時の虐待の体験、非行と少年院の話を赤裸々に語りました。
「なにか爪痕を残そうと思ったら、それ位しかなかったんですよね(笑)。少年院っていうのは、さすがにひかれるかなと思ったけど、もういいやって。やりたいことがあったから、その為に話しました」
前代未聞の告白に、審査員も衝撃を受けたのではないでしょうか。それは、戦慄さんに「サバイバル賞」を授与したことからもうかがえます。
今、振り返れば「サバイバル賞」は、戦慄さんの人生を表すような表彰でした。
そして「ミスiD」の最終審査の後、受験勉強に専念した戦慄さんは、見事に誰もがその名を知る、有名私立大学に合格します。
ネグレクト、非行、少年院での1年8カ月を乗り越えて、自力で大学にまではい上がったのです。
本当に「忍耐と根性」の何物でもないですね 改めてメンタルの強さを感じます。
こんなひどい目に合いながらも、希望を失わず、また自分のしたい事を見つけ、その目標に向けて努力し難関を突破して有名大学に合格したのですから…
ひどい虐待などを受けながら生き残った人を、「サバイバー」と言い表しますが、戦慄さんはまさにサバイバーでしょう。
この賞は、まさに戦慄さんにふさわしい受賞ですね
これから戦慄さんは、自らの目標に向けてさらに飛躍する事でしょう
戦慄さんのこれからの活躍を期待してます。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
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