登山家・栗城史多エベレスト8度目の挑戦!山との出会いと滑落死した生中継登山とは?

 こんにちはmiuです。

先日TVで登山家の栗城史多さんの事を知りました。

これまで6大陸の、世界最高峰を制覇してる有名な登山家でした。

その栗城さんが、体調不良の為エベレスト登頂を断念し、下山途中で亡くなったというニュースを聞きました。

最初の一報は、低体温での死亡説が流されましたが、それは誤報で下山途中に滑落したのが原因だと判明しました。

本当に残念ですが、栗城さんに一体何が起きたのか調べてみました。

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栗城さんと山との出会いとは?

若くしてエベレスト登頂で、尊い命を落とされた登山家の栗城さんが、今日無言の帰国をされました。

「人はなぜ山に登るのでしょうか?」というのが、我々凡人の疑問で、登山家は必ず「そこに山があるから」と答えます。

栗城さんが、山に魅せられてなければ、若くして命を落とさなくて済んだのにと、思うと悔やまれてなりません。

栗城史多さんは、大学時代に 彼女が、登山部に入部していたということから、「彼女と同じ景色を自分も見たい」 という理由で登山を始められました。

栗城史多さんは大学の山岳部に入部してから、登山を始めてこれまで 6大陸の最高峰を登っています。

私には、わかりませんが、これは登山家には凄い事なんでしょうね

栗城史多の生中継登山とは?

2009年ごろまでは順調に、世界の山を登頂されていた 栗城史多さんですが、

その後も挑戦はしますが、敗退が目立つようになっていきました。

そして2009年からは、これまでの経験から、登山を目指す人たちに向けての情報発信活動として、「冒険の共有」の、インターネットを使った 生中継登山を始めています。

かなり危険な挑戦や、問題と思われる 行動だと一部では言われていました。

また、今回のエベレスト登山は インターネット局「AbemaTV」 で、登山の様子を放送される事もあってエベレスト登頂に対する、強い執着心が 今回の結果を生んでしまったのではないかと言われています。

過去に7度、エベレスト登頂を目指しますが、叶うことがなかった エベレスト登頂すれば、世界七大陸最高峰を制覇し、 歴史に名を残すこともできるということで 、執着する気持ちは十分わかる気がします。

栗城史多さんは、登頂の様子を配信するために、 山でもスマホを使っていたそうです。

4度目の挑戦となった201210月では、下山途中で両手、両足、鼻が重度の凍傷になったことが原因で、右手親指以外の両手9本の指全て、第二関節より先を失ってしまいました。

そして皮肉なことにスマホを使うために 「指の無い手袋」を使用していたために 重い凍傷を受けてしまったのです。

とても苦しい体験をされていると思いますが、どうしてそこでやめなかったのでしょうか?

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栗城史多の死因は?

栗城さんは、今回が8度目の挑戦で、2116時からAbemaTVが、登頂する様子を生中継する予定でした。

しかし、栗城さんは登山数日前に、風邪をひいてしまった様で、ブログで発熱や咳を報告していました。
 
栗城さんは登山開始予定日前日に「38度を越える熱」が出たため、熱が下がるのを待って、数日後に登山を開始しました。

19日には「若干咳が出る位で(遠征)前半にあった咳や熱はほぼなくなっています」と綴り、20日夜は「みなさん、ナマステ。今7400mの所に来ています。今は、このエベレストを苦しみも困難も感じ、感謝しながら、登ってます。かなり慎重に、やり遂げたいと思っています。みなさん、応援本当にありがとうございます。叱咤激励を含めて、自分と同じように、何かにチャレンジする人たちに向けて、この共有が役に立てばと思っています。みなさんと一緒に、登っていけたらと思ってます。応援ありがとうございます」とつづっていました。

しかし、途中体調不良を訴え、7400m地点から下山し始めましたが、」下山を始めた栗城が無線連絡に、全く反応しなくなり、 暗い中で下から見て栗城さんのヘッドランプも、見当たらないことから、 キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、 滑落して息絶えた栗城さんを発見したそうです。

何故、体調不良のまま決行してしまったのでしょうか?  やめる勇気は、栗城さんの中になかったのでしょうか?

また決行する事を、誰も引き止める人はいなかったのでしょうか?

ご両親の心中を察すると、この事が悔やまれてなりません

偉大なる登山家の、栗城史多さんのご冥福をお祈り致します。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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